--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008-08-31(Sun)

子どもに迎合(げいごう)することをしいる幼児的(ようじてき)な親

心が成長していない親の中には、子どもに自分の意見と同じであることを強要(きょうよう)する親がいます。


このことを迎合(げいごう:あわせること)といいます。


自分と同じ意見でなければ、まるで自分を否定されてしまったかのように感じてしまうのです。


このような子どものような心をもった親にからまれながら生活する子どもはまさに生き地獄といえます。


自分の感じ方を隠して親が感じていそうなことを先読みし、それに迎合しなければなりません。


そして親と違う自分の感じ方を少しでもみせると、親から非難と怒りをぶつけられるのです。


このように違う意見を言ったくらいで傷つく人間であると子々孫々、苦しい人生を送る可能性があるのです。


 

スポンサーサイト
2008-08-31(Sun)

生命のリアリティ(現実性)を学ぶ場を学校教育の中で増やしてほしい。

昨今(さっこん)青少年に生命自体へのリアリティ(現実性)が欠如していると感じられる事件が増えています。


私の個人的な意見としては学校教育の中でもっと生命について教える時間があっても良いのではないでしょうか。


特に教えてほしいのは、日ごろ人間が家畜として飼っていて食糧としている動物たちのことです。


人間の都合で食べられるために飼われています。


そしてその動物を食べるために絞(し)める人がどのような気持ちで仕事していて、現場はどのようなものなのか。


私も友人がそういった仕事をしているので話を聞いたことがあります。


もちろんとても気持ちがいい話ではありませんが、そういった話の中から命の大切さや生命とはいったいどんなものかといったリアリティ(現実性)を学んでほしいのです。


以前テレビで有名人が学校で課外授業を行うという企画があり、宮本亜門(みやもとあもん)さんが授業を行っていました。


その中で彼は田舎で生活をする中で家畜としてかわいがっていたヤギを絞めて食べるという経験について述べられました。


かわいがっていた家族同然のヤギを手にかけるのです。


とてもつらい状況を彼は演出家という事もあって見事に表現していきます。


「ごめんね。ごめんね。」とヤギを抱きながら絞め、ヤギはやがて息絶えます。


そしてそのヤギの肉をさばきご飯としていただくという誠にせつない話です。


しかしこの話を子どもたちは一生懸命に小さな心で受け止め、命についての尊さやリアリティをしっかりと心に刻み付けることができていました。


このような体験や授業を学校教育の中でもっともっと増やすことはできないのでしょうか?


そうすれば簡単に人を傷つけたりするような事件は起こりようもないのです。日ごろから自分自身の命がどれだけ多くの命の犠牲の上に成り立っているかを実感できるはずです。


こういった取り組みこそが自分自身が生かされていることへの感謝の念を引き出し、命への尊厳(そんげん)やリアリティ(現実性)を身につけさせ、人間的に成長できる大きな機会となるのではないでしょうか。


学校教育の中でこのような取組みがなされることを切に願います。


 

2008-08-30(Sat)

人間関係の土台となる家庭の機能。

家庭とは家族が言いたいことを言える民主的開放的空気があり、その中で子どもはインナーチャイルド(本能的自己)を開放して思いのままに振る舞うなかで成長をしていきます。


本音をいえる中で様々なかかわりあいを通して心は成長をしていくのです。


家庭の外であった嫌なこと辛かったことを家族と共有して癒(いや)し、乗り越えていくことができます。


決して本音を偽(いつわ)って誤魔化(ごまか)したり迎合(げいごう:人の意見に合わせるだけ)していては成長も幸せもありません。


もし家庭の中にそのように言いたいことも言えない空気があるとすれば、いつ子どもに精神疾患が出てきてもおかしくありません。


それだけ民主的な家庭環境と言うものは人格形成に多大な影響を与えるのです。


 

2008-08-29(Fri)

生命についてのリアリティ(現実性)が欠如している子ども達

昨今青少年による様々な事件が引き起こされています。


それらの事件を見ていくと安易に人を傷つけてしまう青少年がいます。


そもそものところで生命自体へのリアリティ(現実性)が欠如しているのではないでしょうか?


これはあまり聞きたくない話ですが、人をあやめるということは大変なパワーのいることなのです。


リセットボタンをポチッと押すようなものではありません。


グロテスクなことは書けませんが、出血はひどいことになるし血のにおいだけでもすごいことになるでしょう。


そういったことへのリアリティが決定的に欠けていると思えてなりません。


普段の生活体験の中でそのような生物へのリアリティについて学んでいれば、人を傷つけるということは起こりえないと思います。


2008-08-28(Thu)

子どもの夏休みの宿題は終わりましたか?

8月も終わりに近づいてくると、子どもの夏休みも終わりです。


この時期になると子どもも夏休みの宿題ができていなくて大慌(おおあわ) てします。


それを見ていたたまれない親は口も手も出してしまいます。


もちろんあまり良いことではありませんが、放任でほったらかしの親よりもよほど良いといえます。


要は口も手も出しようで、親が強制的に子どもに命令したり、子どもに代わって宿題をすることはよろしくありません。


一番いいのは子どもが宿題をするためのちょっとしたきっかけを与えることです。


ではどのようなきっかけかというと、「一緒に宿題をやってしまおう。わからなかった一緒に考えてあげるから。早くすましたほうが気分がすっきりするよ!」とこういった言葉のかけ方がいいのではないでしょうか。


宿題や勉強はしなければいけないという義務感があるとどうしても意欲が無くなってしまいます。


勉強をパズル感覚で楽しく一緒にやろうという雰囲気作りが大切です。


 

2008-08-27(Wed)

建前のコミュニケーションを続けると心の成長がとまります。

家庭に変なパワーバランスがあり本音を言わない建前コミュニケーションを続けると、本当の自分の本能的な欲求や願望が心の中に押し込められることになります。


この本能的欲求は実は押さえようとしても押さえられるものではなく、無理に押さえつけると身体症状となって体に表れます。


その身体症状とは頭痛や嘔吐や下痢やめまいなどです。


そして本音を言わないので偽りの自分と本能の自分が乖離(かいり:はなれてしまうこと)してしまい、なおかつ本能の自分(本当の自分)の成長が全く止まってしまいます。


よく言われる言葉にインナーチャイルドと言う言葉がありますが、このインナーチャイルドとはこの押さえられた本能(本当)の自分です。


本当の自分を成長させずに押さえつけていくと、いつかこのインナーチャイルドが暴走をはじめて、自分をコントロールできなくなります。


心の成長がなければ社会生活への適応もできなくなるのです。


こうしてこどもは登校拒否やニートになって苦しんでいきます。


2008-08-26(Tue)

登校拒否児の家庭に多い 建前のコミュニケーション

登校拒否児の家庭内には変なパワーバランスがあり、思ったことを腹を割って話すことができない空気や環境があります。


例えば姑(しゅうとめ)が絶対的な権力を持っていて嫁がいつもいじめられていたり夫も頼りなくて何も言えず黙認(もくにん)しているような家庭。


他にも夫が社会的な権力者で家庭内でも権力者として振る舞い、嫁とこどもは絶対服従をしているというような家庭。


何者もこのパワーバランスを崩すことは許されない、言いたいことも言えない雰囲気がここにはあります。


このような家庭は病的で精神病患者を作る可能性が非常に高いといえるでしょう。


このような家庭環境のもとでは、こどもは建前だけの本音を言わないコミュニケーションを身に着けます。


結果心を癒すこともできない孤独な家庭環境の中で病理的な感覚を養っていくことになります。


 

2008-08-25(Mon)

登校拒否の子どもの家庭に多いコミュニケーションの混乱 真逆のメッセージ

題目にもあるとおり登校拒否の子どもがいる家庭に多いコミュニケーションの混乱について紹介します。


これは言葉で伝えることと表情・態度で伝える内容が、真逆の内容である場合です。


例えば親が子どもの態度に怒り言葉では「やってみぃ」と言いながら表情や態度では怒りで子どもを威圧し、やれるものならやってみろ絶対にゆるさんという逆のメッセージを送ることです。


他にも顔の表情は笑いながら言葉で脅すことなども、真逆のメッセージを送ることになります。


このような相反するメッセージを言葉と態度から一度に受け取ると人間は非常に高いストレスを感じることとなります。


いわゆる葛藤(かっとう)状態というやつです。


このようなやり取りが家庭の中で頻繁(ひんぱん)に行われると、それだけで消耗した状態になってしまい、ストレスに過敏な状態になります。


家庭内ではこのような真逆のメッセージを発することをできるだけ避けましょう。


 

2008-08-25(Mon)

日本人の甘えた体質 以心伝心(いしんでんしん)

日本人の美徳のひとつに以心伝心という言葉があります。


意味としては言葉に出さなくても心が通じ合うといった意味です。


これは文化論的な意味でいえば、どんな人種に出会うかわからない大陸の文化ではありえない話で、みんな同じように価値観を共有している小さな島国だからこそ成立する話です。


しかし実際の生活をしていく中で価値観が多様化した現代では言葉で伝えずに気持ちを察して心を通じ合わせることはほとんどの場合難しくなってきています。


昔の日本の美徳も現代ではただの勘違いクンということになりかねません。


こういった甘えで最近多い例が熟年離婚です。


停年した夫が妻に「俺の気持ちはわかっているだろう。これからやっと第2の人生を楽しむときじゃないか。」といいます。


これに対して妻は「あなたは仕事仕事といって、何も私を助けてくれなかったじゃないの。私がどれだけ子育てや家のことで悩んでいたか・・・。」


「あなたとは一緒に暮らせないわ。」といった感じの熟年離婚が増えています。


夫の気持ちは全く妻に伝わっていなかったわけです。夫は妻との関係で「俺のことはわかってくれている。こんなに仕事に一生懸命がんばってきたんだから慰労してほしいぐらいだ。」というくらいにしか考えていなかったのです。


普段から夫婦間でお互いの気持ちを言葉に出して伝え合っていれば小さな衝突があったにせよ熟年離婚せずに幸せに暮らしていたでしょう。


多くの精神疾患も家庭の中に甘えた体質がはびこっていてお互いの気持ちが全く通じ合っていない場合があります。


このような家庭は心の癒しの機能を果たせていないということがいえると思います。


仕事などで忙しくて奥さんとコミュニケーションができていないお父さんは、時には一言「いつも家庭のことをがんばってくれてありがとう。なにか悩んでいることや相談したいことはないかい?」と聞いてあげてください。


嘘でもいいから言ってあげれば、その一言は奥さんの心に染み入ります。


この一言があるかないかで熟年離婚の可能性は全く変わってきます。


 

2008-08-24(Sun)

子どもが精神病になりやすい危険なしかり方。

親にはしかり方が人によって千差万別あるかと思いますが、今から紹介する叱り方は非常に精神衛生上危険なものといえます。


このしかり方をしている人はすぐにも改めたほうが良いと思われます。


そのしかり方とは、「お前以外の世間様はみんな○○のように考えている。だからお前は考えをあらためろ」というものです。


このしかり方は、自分と他人との距離感が測れなくする代表的な言葉です。


なぜかと言うと、みんな同じ考え方をしているのだから自分の考え方と他人は全く同じことを考えており、個々人の違いを全く受け入れない考え方に根差しているからです。


当然人間は個々に特性があり違いがあります。色々な考えの違った人と触れ合いぶつかり合うことで客観性が育ち、人間的にも成長できるのです。


このようなしかり方をされて育つと、自分の価値観の尺度だけで現実を捉えてしまい、本当の現実と触れ合えない人間になります。


病気になりやすい素地がある考え方ともいえるでしょう。


人間個々の違いを認めないような家庭環境があったとすれば、不幸な結果が待っていることは間違いないといえます。


 

2008-08-23(Sat)

親の目を気にするこどもをつくるには・・・

親の目を気にして、のびのびと遊べない子どもがいます。


なぜのびのび遊べないのかというと答えは簡単で、親が子どもに八つ当たりをしたり、こどもが同じことをしても或る時は怒りまた或る時は笑うといった一貫性のない対応をした場合です。


親が無神経に自分の感覚で毎回違う行動をとっていたら、子どもはたまりません。


何が良くて何が悪いのかがさっぱりわからないのです。


結果として親の目ばかり気にして、善悪に自信が持てずいつも意味もなくしかられるという恐怖心を持つ人格が形成されてしまうのです。


子どもの将来の幸せを考えるのなら絶対に一貫性のないしかり方をしてはいけません。


この点は押さえておきましょう。


 

2008-08-22(Fri)

老荘思想 無為自然 機械じかけな心

前回、全か無かの法則について説明しました。


簡単に説明すると精神的に追いつめられたり疲れたりした人は、思考プロセス(過程)が飛躍してしまい家族も何もかもすべて消えて無くなればいいという考えにつながり、罪をおかしてしまうということがあります。


この思考プロセス(過程)の飛躍(ひやく)は、テレビゲームのリセットボタンを押すことに似ています。


嫌なことがあったりストレスを感じるとすぐにリセットボタンを押すのです。


このような思考が現代社会では非常に増えています。


これに対して中国には老荘思想というものがあって、簡単に言うと老子や荘子の考え方をまとめたものです。


その考えの中心が無為自然(むいしぜん)で、自然にまかせて生きようというものです。


その老荘思想を象徴する話があります。


農業を営むおじいさんが水を運ぶのに瓶(かめ)に水を入れて何度も何度もえっちらおっちらと瓶を運んでいきます。


しかし他の人はもっと便利な機械を使って水を運ぶのです。


ある人がおじいさんに「なんで機械を使って楽をしないのか?」と問いかけると、おじいさんは、「そのような機械を使っていると心も機械仕掛になってしまう。わしはそうはなりたくないから、自然のままに瓶に水を入れて運ぶのだ。」


私のうろ覚えの話ですが、この話を思い返すと多くのことが感じられます。


現代人は多くの便利な機械を手に入れ、ボタン一つ押せば色々なことができる便利な生活を手に入れました。


しかしその弊害(へいがい)として、機械じかけな心になってしまったかもしれないのです。


心が機械じかけなためにすぐに思考プロセス(過程)が飛躍してしまうことがあるのではないでしょうか。


これらの話から、面倒くさいことをきちんとこなすことこそが豊かな心をつくるのではないかと私は思って実践しています。


 

2008-08-21(Thu)

危険な心理:すべてをデリート(消す)しかないという思い込み。 このような心理にならないように子育てで気をつけることは・・・。

危険な心理の中に、精神的に疲れて追い込まれた状態で、すべてをデリート(消す)するしか選択肢がないと思い込んでしまい罪をおかしてしまうケースがあります。


年配者から若年層まで幅広い年代でこのような心理状態におちいる人がいます。


このような心理は、まさに「全か無かの法則」のようなものです。


例えば、この人をあやめないと悪事がばれて今の生活が維持できなくなるからデリート(消す)するしかない、といった感じの考え方です。


ひどいケースであれば、人間関係に疲れたので家族全員をデリートして自分も消えるといったケースも最近では散見されます。


しかし現状うまくいかないからすべてをデリート(消す)するといった考え方はなんとも合理性に欠けているといえます。


よく考えてみれば他にも選択肢がたくさんあるはずなのです。


小さな悪事であれば正直に申し出れば軽い罪で済むでしょう。


精神的に疲れて追い詰められた状態であれば、休養をとったり心療内科にでも相談して薬をもらったりカウンセリングを受けてみるという方法もあります。


しかし危険な心理状態では、原因から結果までのプロセスが大きく飛躍してしまうのです。


個人的な見解ですがこのような考え方をする人は、問題解決能力に欠けていえるといえるのではないでしょうか。


豊富な生活経験があり幅広い人脈をもっていて客観性が高い人間であれば、このような思考の飛躍はありえません。


解決手段がいくらでも思い浮かぶからです。


また不真面目な人もこの手の思考には無縁でしょう。


問題が起こってもしらばっくれたり、人のせいにして責任を他人になすりつけるからです。


このような思考にならないように子育ての中で気をつけたいことは、多くの生活体験をさせることです。


海や山での自然とのふれあい体験、ボランティア、海外留学、色々な遊びなど多くの体験経験を積ませることによって問題解決能力は高まっていきます。


問題解決能力を高めるためにも親は子どもに多くの生活体験を蓄積するように努力することが大変重要です。


問題解決能力が低い状態で子どもを育てると、大人になって多くの問題を引き起こし、親も大変な目にあう可能性が高いといえます。


また多少の不真面目さというか遊びの部分をもった子育ても大事です。


真面目一辺倒でなく、面白さ楽しさユーモアや人生におけるずる賢さなどの価値観を大切にする柔軟性も必要かと思います。


これらのことを実践するには親もかなりの労力を必要としますが、子どもを大切に思うのであれば当然行うことのできる内容と思います。


 

2008-08-19(Tue)

高学歴になることが子どもの幸せにつながるという幻想(学歴妄信主義)

多くの親が子どもにいい大学に入ってほしいと思っています。


当然頭が悪いよりもいいほうが良いに決まっています。


しかし子どもが良い大学に入ったからといって幸せになる保証はありませんし、良くない大学に入ったからといって不幸せになるとは限りません。


もっと言えば大学に入っていない人でも成功している人はいくらでもいますし、成功していなくても幸せな人生を送っている人はたくさんいます。


逆に子どもの人生を不幸せにすることに、親の学歴主義への妄信があります。


妄信とはむやみに信じ込むということですが、親が子どもに多くの期待を寄せてこの大学に入れなければ幸せはないと毎日耳元でささやいたとします。


入りさえすればあとは薔薇色の人生が待っていると洗脳(せんのう)するのです。


その結果どのようなことが起こるでしょう。


うまく大学に入学したとしても、こどもに待っているのは現実です。


大学に入れば薔薇色の人生といっていたのに自分で考えていたほど幸せの実感はありません。


なぜなら大学合格入学は人生の通過点にすぎず、現実には普通の学生生活があるだけなのです。


このような形で大学合格した人は目的を失い、大きな空虚感や無気力感にさいなまれます。


大学に合格できなかった場合はもっと悲惨です。


自分が不幸せになるという自己暗示に悩まされ、何をするにも気力がわいてこず、強力な劣等感(れっとうかん)でひがみっぽい性格になります。


そして親がそのような子どもの状況に対して劣等感や空虚感が無くなるように元気づけてあげれば良いのですが、かたよった価値観をもっていることも自覚できていないので元気づけてあげたりフォローすることはなく、あいつは出来損ないの馬鹿だからと切って捨てるのがオチです。


このように親子の愛情、それも見返りを求めない無償の愛を持っていない親に変な価値観を叩きこまれて育った子どもは内面に愛情欲求をひめており、なおかつ無気力感・劣等感・空虚感が高い可能性があります。


あきらかに幸せとは逆行した人生を送るのが学歴妄信主義といえるでしょう。


 

2008-08-19(Tue)

小さなこどもの感情が人格形成に与える影響

私はこどもの性格を決定付けるもののひとつに、幼少期の感情体験があると思います。


幼少期に親がいつも暗く、こどもも明るく振舞えない環境があったとしたら当然子どもの性格も陰気になる可能性が高いと思います。


逆に毎日、お馬さんごっこをしたりして楽しい感情体験を多くの時間過ごしたとしたら、当然子どもの性格も明るいものになる可能性は高いと思います。


中には子どもはおとなしくて静かなほうがいいという、自分に都合のいい子どもを望む自己中心的な人もいるかもしれません。


しかし、自分の都合の良いように子どもを育てると人格形成上悪影響をおよぼし、子どもが大きくなってから多くの対人問題をかかえ、親自身が困ることになるでしょう。


万人が望む明るい性格に育てるには、普段の関わりあいの中でどれだけ楽しい時間を親と子どもの間で共有できるかにかかっているといえます。


 

2008-08-18(Mon)

小さなこどもとのコミュニケーション方法

小さなこどもを楽しませる方法として間違いのない遊びがあります。


これをすれば間違いなく寂しい気持ちや悲しい気持ちは吹き飛んで、とっても明るい空気を作り出すことができるでしょう。


それはお馬さんごっこです。


お馬さんごっこで御自分(親)が四つんばいになって、子どもを背中に乗せてあげて部屋の中をぐるぐる回ります。


ゆれたり振動がすごかったり、見ている景色もどんどんかわっていくのですから子どもは大はしゃぎです。


是非とも子守りで、こどもも親もつまらないなーという時にお馬さんごっこをしてみてください。


暗い空気は吹っ飛んでしまいます。


 

2008-08-17(Sun)

小さなこどもとのコミュニケーションツール2

小さなこどもを楽しませるツールとして大きな風船を前回お勧めしました。


他にも子どもをワクワクさせる様々なツールがあります。


たとえばシャボン玉です。


シャボン玉で遊ぶと、小さなこどもは非常に喜びます。


シャボン玉は大きいの小さいのと色々な形のものができたり、風にのって飛んでいくとどこに飛んでいくかわかりません。


意外性があって見ていて全く飽きないのです。


こどもにとって楽しいひと時を過ごすことができるありがたいツールです。


私自身もとっても重宝しています。


 

2008-08-12(Tue)

小さなこどもとのコミュニケーションツール

小さなこどもを楽しませるツールとして色々なものがありますが、私個人が良く使うのが大きな風船です。


どれくらいの大きさかというとだいたい30センチくらいの大きさです。


大きな風船をこどもと一緒に地面に落さないようにラリーを続けます。


これだけでもこどもの楽しい気持ちを引き出すことができるのです。


こどもがつまらなそうな顔をしていることが続いた時には、大きな風船で遊びましょう。


2008-08-10(Sun)

登校拒否の子供の特徴 学校に近づくと体に変調をきたす。

登校拒否の子どもは学校へ行こうとしたり学校に近づくにつれて体に異変が起こります。


その症状は様々で、下痢、吐き気、嘔吐(おうと)、頭痛、微熱、喘息(ぜんそく)、耳鳴り、めまい、動悸(どうき)、痙攣(けいれん)など。


これらの状態は子ども本人の心の中に学校への恐怖や母親との別れへの不安、学校で起こることへの不安などが渦巻いて起こる症状です。


もちろん本人は真面目な性格なため、なんとかその症状を押さえて登校しようとしますが体は危険を察知してか全く言うことをききません。


子どもの心にある不安や葛藤を取り除かなければ、これらの体の症状は無くなることはないのです。


 

2008-08-07(Thu)

登校拒否の子供の特徴 自意識過剰

前回紹介したように登校拒否の子どもの傾向として、一つ一つのことを完全完璧にこなそうという姿勢があります。


このことは人間関係上にもあらわれます。


完璧な関係を演じあげようとして、自意識過剰くんになってしまうのです。


しかし実際の人間関係は人間自体が不完全で一貫性のないものなので、自分で思い描いたとおりにことはすすみません。


予想外のことばかり起こり、結果として非常に大きな違和感やストレスを抱え込むことになります。


このように登校拒否児は鼻から無理なことに対して全力をあげて取り組み続けるという悲惨で実のない、涙ぐましい努力を一生続けていきます。


しかしそんな努力は報われるはずもなく、精神的肉体的に破綻(はたん)をきたしていくのです。


なんともかわいそうな子どもたちなのです。


 

2008-08-06(Wed)

登校拒否の子供の特徴 完璧主義

登校拒否の子供は従順で良い子が多いため、親のしつけを忠実にこなそうとする傾向がある。


その傾向はすべてのことに通じており、学校での一つ一つの活動すべてにおいて完全完璧に、少しのぶれもなく正しい態度や回答を行わなければいけないという脅迫的な感情に結びついて行く。


できなければ自分を否定されるような錯覚におちいる。


しかしこのような考え方や態度は非常に緊張感を高め、他の子どもと違って多くのストレスをかかえこむことになる。


ある意味まじめすぎるのである。


もっとずっと適当でよいと思うのだが・・・。


まじめに答えるよりも、面白く答えるほうが人気者になれるのだが、彼らにそのような余裕は全くない。


 

2008-08-06(Wed)

登校拒否の子供の特徴 従順で良い子

登校拒否の子供は従順で、親のしつけを忠実にこなそうとする傾向がある。


言い方を変えれば、従順に行動していないと愛されない、従順に行動していないと虐待されたり見捨てられたり無視されるといった悲惨な状況下にいる可能性がある。


自分を押し殺していないと、家庭の中で生きていけないのだ。


そのため、彼らの行動は統計をとると非常に良好で成績も良い子が多い。


しかし彼らの心の奥底には、「もっと言いたいことを言いたい」「もっと思ったことを自己表現したい」「もっと甘えたい」「もっと愛されたい」「もっと自由にしたい」といった根源的な欲求が渦巻いている。


しかしそういった欲求は押し殺され、抑圧され、意識してもいけない状況に追い込まれる。


しかし心の奥底にある欲求は抑えようにも抑えきれない。


本当の自分の心を無視しても、いつか本当の欲求が爆発するのだ。


それが登校拒否行動や出社拒否行動となってあらわれてしまうのである。


 

記事を一度に読みきれない方へ
最新記事
ランキング
プロフィール

マンモス

Author:マンモス
日々子どもと格闘を繰り返しながら、ブログに奮闘中。

ちょくちょく寄ってもらえると、すっごいうれしいです。

このサイトのねらい

このブログは子育てを行ううえで色々と悩んだり、どのように対応してよいかわからないといった方に、何かヒントになる可能性のある話題をお伝えしたいという一心で作成されているブログです。
特に力を入れているのは、子どもの問題行動(登校拒否・いじめ・非行)についての分析や対処、良き社会人となるための心得、子どもがおちいりがちな事故、精神病にならないためのメンタルヘルスの話などです。
このブログを通して自分自身の親子関係を見直しながら訪問者の方と一緒に親として成長していけたらいいなと思っています。
訪問者の方の中には私の意見に賛同できないという方もいらっしゃると思います。
意見がありましたらコメント欄に書き込んでください。

過去記事一覧
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

お読みください

初めて訪問の方へ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。