いじめは人間の本性?
ひとつの小さな水槽にネオンテトラなどの小さな熱帯魚をたくさん入れて飼育すると縄張り争いが起こり、必ず一匹がいじめられボロボロになって死んでいきます。
そして、その固体が死ぬと次に弱い固体がいじめられます。
倫理的にはいじめはあってはならない許されないことですが、人間は神ではなく動物です。
どうしても本能的なものを否定して生きていけるはずもなく、上記のネオンテトラのような状況は人間界のどこにでもおこることでしょう。
逆に私が危惧(きぐ)しているのは、学校教育などで異常に人権教育を推進し成功したとした場合、そういった教育を受けた人が社会に出た時にどうなるかということです。
会社や地域社会の中には、いじめが渦巻いています。
そのなかで人権がどうとかということを主張していて仕事や付合いができるでしょうか?
ますます現実社会になじまない、現実をさけ、葛藤をさけるニートが大量に増えてしまうのではないでしょうか?
いじめはあってはならないの観点でなく、どこにでもあるのでどのように対処するかを教えることが大切と思います。
社会には理不尽なことがあるということを学校教育で教え、その問題を解決していくことこそが社会に貢献できる人材を育成することにつながっていくのではないでしょうか
しかしいじめを肯定はできません。
多くの人が幸せに暮らせることが一番ですから、いじめを減らすための取組みは非常に重要です。
